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東京高等裁判所 昭和31年(ネ)458号 判決

事実

控訴人(一審原告、敗訴)は、仮りに訴外株式会社吉安商店が本件手形を控訴人に裏書譲渡する際、被控訴人作成の保証状を控訴人に差し入れ被控訴人を代理して倉田商事株式会社(原審被告)の本件手形債務の保証を約したことは、その正当な代理権の範囲を超えたものであるとしても、控訴人は、右訴外会社にその代理権があると信じかつその信ずるにつき正当の事由があつたものであるから、被控訴人は控訴人に対し本件手形債務の履行義務を免れることはできないと主張したが、これに対して被控訴人は、仮りに控訴人が前記訴外会社に控訴人主張のような代理権があると信じたとしても、手形債務の保証のため前記保証状のような書面を差し入れることは通常行われないところであるばかりでなく、右保証状は日附が昭和二十八年八月三十一日であるから、本件手形の引受の日附(同二十九年四月十五日)より数カ月以前のものであり、しかも保証すべき手形の通数、金額及び宛先等の欄が何れも空欄のままとなつているので、控訴人としては、右保証状が果して本件手形債務についても保証する趣旨のものかどうか、また前記訴外会社はこれを控訴人に差し入れて保証契約を結ぶ代理権を与えられているかどうか等を疑うのが当然である。しかるに控訴人は、以上の点につき直接被控訴人に確かめることもなく、たやすく前記のように信じたのは、被控訴人の過失であつて、正当の事由があるものとはいえないと争つた。

理由

訴外株式会社吉安商店(以下訴外会社という)が昭和二十九年四月十日本件手形を振り出し、控訴人がその後間もなくこれを裏書により譲り受けたこと、及び原審被告倉田商事株式会社(以下被告会社という)が右手形につき引受人としての責任を負つた結果、所持人である控訴人に対し右手形金及びこれに対する支払ずみまでの法定利息の支払義務があることは、何れも原判決理由記載のとおりである。

そこで被控訴人(被告会社代表者)が被告会社の右手形債務につき保証人としての責任を負うか否かについて検討する。

先ず、被控訴人が訴外会社に対し本件保証状を交付した事実は当事者間に争がないところ、控訴人は、右保証状は被告会社の振り出しまたは引き受けた手形を訴外会社が他へ裏書譲渡したときは、その譲受人が誰であつても被控訴人において被告会社の右手形債務につき保証をするとの趣旨のものであつて、被控訴人がこれを訴外会社に交付したのは、同会社がこれを手形譲受人に差し入れることによりその者との間に被控訴人のため右保証契約を結ぶ代理権を与えたものであると主張するのに対し、被控訴人は、右保証状は訴外会社が銀行から前記手形の割引を受けた場合に限り、その銀行に対して保証をする趣旨のものにすぎず、銀行でない控訴人が手形譲受人である場合について控訴人主張のような代理権を与えたことはないと主張するので按ずるに、証拠を綜合すれば、訴外会社は昭和二十八年三月頃被控訴人に対しメリヤス類を販売したが、その代金の完済を受けることができず、資金にも困つたので、被控訴人に申し入れて被控訴人が代表者である被告会社の引き受けた為替手形数通を交付させ、これを自ら銀行において割引を受けて融資を得ると共に、右各手形の満期日には、あらかじめ被控訴人に資金を交付し右手形を決済させる方法を繰り返していたが、同年八月末頃被控訴人に対し、被告会社引受の手形三通以上を銀行で割引を受けるには被控訴人個人の保証が必要である旨を告げ、保証状と題する書面四通に署名捺印を求めたところ、被控訴人は右申出に応じ、右書面にそれぞれ署名捺印の上これを訴外会社に交付したこと、及び前記保証状は右四通の中の一通であることをそれぞれ認定することができる。

そして以上認定の事実によれば、被控訴人が前記保証状を訴外会社に交付したのは、訴外会社が銀行において被告会社の振出または引受にかかる手形の割引を受けた場合は、被控訴人はその銀行に対して被告会社の手形債務を保証することとし、右銀行との間に右保証契約を結ぶための代理権を訴外会社に与えたものに外ならないのであつて、訴外会社が右保証状を銀行以外の取引先その他に交付してその者との間に被控訴人の代理人として保証契約を結ぶのは、その正当な代理権の範囲を超えるものと認めざるを得ない。

しかしながら他の証拠によれば、控訴人は訴外会社から本件手形の裏書を受けた当時被告会社及びその代表者である被控訴人のどちらをも全く知らなかつたので、これを受け取ることに不安を感じ、訴会外社代表者吉安に対し支払が確実か否かを確めたところ、吉安は前記保証状を示して、このとおり被控訴人の個人保証がついており、かつ被控訴人には相当の資力があつて銀行からも右と同様の保証状によつて金融を受けているのだから大丈夫であると説明したので、控訴人は、訴外会社に控訴人に対し右保証状を差し入れて被控訴人のため保証契約を結ぶ正当な代理権があるものと信じ、右保証状と共に前記手形を受けとるに至つた事実が認められる。更に、前記保証状には、「被告会社の振出または引受をした約束手形及び為替手形に関しては絶対責任をもち、個人保証をする」との趣旨の記載があり、しかも右記載中手形の通数及び金額を示すべき部分に数字の記入がなく空欄のままとなつている上、宛名の記載もないので、恰かも右書面の作成者たる被控訴人は、これを受け取つた者が誰であつても、またその者の所持する被告会社の振り出しまたは引き受けた手形の通数、金額がいくらであつても、広くその手形債務につき保証をする趣旨のように受け取れることが認められ、また控訴人は以前にも取引先から手形を受け取るにつきその支払を確保するため右同様の形式による保証状の交付を受けた例があり、かつ他にもこのような保証状と共にする手形取引が行われている事実をそれそれ認めることができる。

以上認定の事実によれば、控訴人が訴外会社に前記代理権があると信じたのは正に正当の理由があるというべきであるから(なお、前記保証状の日附が本件手形の振出日附よりも数カ月前であることは、必ずしも右判断の妨げとはならない。)、被控訴人は、訴外会社が被控訴人の代理人として締結した前記保証契約につき本人としての責任を免れず、控訴人に対し本件手形の引受人たる被告会社の債務を履行すべき義務があること明らかである。

よつて被控訴人に対し前記手形金二十八万五千円及びこれに対する法定利息の支払を求める控訴人の請求は正当であるのに、これを棄却した原判決は失当であるとしてこれを取り消し、控訴人の請求を認容した。

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